【読書感想】嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健)一度は読んでほしい本!気づき5つ公開!超おすすめ!(2020年1月7日更新)

【公開日 2019年9月19日】

【更新日 2020年1月7日】

こにちは〜xxxryoです^ ^

今回は「自己啓発本」といえばこれ!

嫌われる勇気」超大ヒット作品を読んで見ました。

ドラマ化」までされた作品ですね。

青年と哲人との対話ベースになっており、わかりやすい内容です。

まとめきれないほど、良い内容ばかりですが、特に自分が「印象」に残った文章をあげていきます。

 

イントロダクション P005

それは「世界」が複雑なのではなく、ひとえに「あなた」が世界を複雑なものとしているのです。

人は誰しも、客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味づけをほどこした主観的な世界に住んでいます。

あなたが見ている世界は、わたしが見ている世界とは違うし、およそ誰とも共有しえない世界でしょう。

いま、あなたの目には世界が複雑怪奇な混純として映っている。

しかし、あなた自身が変われば、世界はシンプルな姿を取り戻します。

問題は世界がどうであるかではなく、あなたがどうであるか、なのです。

あなたにその”勇気”があるか、です。

もちろん、人は変われます。のみならず、幸福になることもできます。−引用

これは「自分」にすごく当てはまりました。

自分」がいままで生きてきたなかで、「」に「偏見」なものの見方が「複雑」にしてきたのだと感じました。

自分」の「考えかた」や「見方」が変われば、世界の物事は「シンプル」に見えてくるという内容ですね。

 

あなたの不幸は、あなた自身が「選んだ」もの P044

 

たとえばいま、あなたは幸せを実感できずにいるのでしょう。

生きづらいと感じることもあるし、いっそ別人に生まれ変わりたいとさえ願っている。

しかし、いまのあなたが不幸なのは自らの手で「不幸であること」を選んだからなのです。

不幸の星の下に生まれてからではありません。

あなたは人生のどこかの段階で、「不幸であること」を選ばれた。

それは、あなたが不幸な境遇に生まれたからでも、不幸な状況に陥ったからでもありません。

「不幸であること」がご自身にとっての「善」だと判断した、ということなのです。−引用

こちらの文章も「ドキッ」としました。

自分」が「不幸」であることを選んでいる。

不幸」であることが「」だと「判断」しているという内容ですね。

当てはまるなと感じました。

こちらの逆説を言えば、「幸福」も選べるということなので、やはり「考えかた」次第で「物事」は変わるなと思いました。

 

人生は他者との競争ではない P091

誰とも競争することなく、ただ前を向いて歩いていけばいいのです。

もちろん、他者と自分を比較する必要もありません。

健全な劣等感とは、他者との比較のなかで生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれるものです。

いいですか、われわれは誰も違っています。

性別、年齢、知識、経験、外見、まったく同じ人間など、どこにもいません。

他者との間に違いがあることは積極的に認めましょう。

しかし、われわれは「同じではないけれど対等」なのです。

前を歩いていようと、後ろを歩いていようと関係ないのです。

いわば、縦の軸が存在しない平らな空間を、われわれは歩んでいる。

われわれが歩くのは、誰かと競争するためではない。

いまの自分よりも前に進もうとすることにこそ、価値があるのです。−引用

この文章もためになりました。

他者」との間に「違い」があることを「積極的」に認めましょう。

違って当たり前なのに、「他者」と「競争」してしまうより、「自分」の「ペース」でいまの「自分」より前に進もうとすることが「価値」がある。

周り」を「気にせず」「自分」の色で前進し続けたいですね。

 

「課題の分離」とはなにか P139

勉強することは子どもの課題です。

そこに対して親が「勉強しなさい」と命じるのは、他者の課題に対して、いわば土足で踏み込むような行為です。

これでは衝突を避けることはできないでしょう。

われわれは「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく必要があるのです。

他者の課題には踏み込まない。それだけです。

およそあらゆる対人関係のトラブルへ、他者の課題に土足で踏み込むことーあるいは自分の課題に土足で踏み込まれることーによって引き起こされます。

課題の分離があるだけで、対人関係は激変するでしょう。

誰の課題かを見分ける方法はシンプルです。

「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?」を考えてください。

ここは注意が必要です。

アドラー心理学は、放任主義を推奨するものではありません。

放任とは、子どもがなにをしているのか知らない、知ろうともしない、という態度です。

そうではなく、子どもがなにをしているのか知った上で、見守ること。

勉強についていえば、それが本人の課題であることを伝え、もしも本人が勉強したいと思ったときにはいつでも援助をする用意があることを伝えておく。

けれども、子どもの課題に土足で踏み込むことはしない。

頼まれもしないのに、あれこれ口出ししてはいけないのです。

無論、精いっぱいの援助はします。

しかし、その先にでは踏み込めない。

ある国に「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」ということわざがあります。

アドラー心理学におけるカウンセリング、また他者への援助全般も、そういうスタンスだと考えてください。

本人の意向を無視して「変わること」を強要したところで、あとで強烈な反動がやってくるだけです。

自分を変えることができるのは、自分しかいません。−引用

この本の中で1番印象に残ってる文章があります。

馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない

この文章は印象でしたね。

精一杯の「援助」はしてあげて、水辺に連れていくが、呑むか呑まないかは「他者の問題」ですね。

ぼくもいままでの経験で、親に勉強をやれと言われるケースがわかりやすくこの内容だなと感じました。

他者の課題」へ土足で踏み込むことと、反対もしかりなのですが、このことにより「衝突」してしまいます。

課題の分離」非常に大切だなと感じました。

 

「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当てよ P270

われわれの人生もまったく同じです。

人生全体にうすらぼんやりと光を当てているからこそ、過去や未来が見えてしまう。

いや、見えるような気がしてしまう。

しかし、もしも「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当てていたら、過去も未来も見えなくなるでしょう。

われわれは「いま、ここ」だけを真剣に生きるべきなのです。

過去が見えるような気がしたり、未来が予測できるような気がしてしまうのは、あなたが「いま、ここ」を真剣に生きておらず、うすらぼんやりとした光のなかに生きている証です。

人生は連続する刹那であり、過去も未来も存在しません。

あなたは過去や未来を見ることで、自らに免罪符を与えようとしている。

過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」にはなんの関係もないし、未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。

「いま、ここ」を真剣に生きてたら、そんな言葉など出てこない。−引用

こちらもかなり当てはまりました。

過去」を振り返り、「未来」にどことなく「不安」を感じてました。

こちらの文章に書いてある通り、「いま、ここ」に「集中」して繰り返しいけば、「過去」や「未来」を考えてみる必要がないですね。

いま」を大事に生きることを繰り返せば、くよくよ悩むことなく、生をまっとうできるのかなと感じました。

嫌われる勇気まとめ

対話ベースの文章になっており、非常にわかりやすく伝わってきました。

青年」に「自分」を重ねて見れるので、わかりやすかったです。

考えかた」やものの「見方」次第で「幸福」か「不幸」かを「自分」で選択していたんだなというのが印象的で、やはり「他者」との「課題の分離」の部分がとくに印象的でした。

自己啓発本」のマニュアル本にピッタリな内容だなと思いました。

ぜひ一度は読んでほしい一冊です。

超オススメ」します!

 

 

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