【読書感想】幸せになる勇気(岸見一郎・古賀史健)気づき3つ公開!読んで欲しい一冊!超おすすめ!(2020年1月7日更新)

【公開日 2019年9月20日】

【更新日 2020年1月8日】

こんちは〜xxxryoです^ ^

前回に続き、「アドラー」の教えⅡとなる、「幸せになる勇気」を読んでみて、ためになる点を書いていきます。

 

教育の目標は「自立」である P32

教育が目標とするところ、ひと言でいうとそれは「自立」です。

アドラーの心理学では、人はみな、無力な状態から脱し、より向上していきたいという欲求、つまり「優越性の追求」を抱えて生きる存在だと考えます。

よちよち歩きの赤ちゃんが、二本足で立つようになり、言葉を覚え、周囲の人々と意思の疎通を図れるようになっていく。

つまり、人はみな「自由」を求め、無力で不自由な状態からの「自立」を求めている。

これは根源的な欲求です。

そして身体的な成長のみならず、子どもたちが社会的に「自立」するにあたっては、さまざまなことを知っていかなければなりません。

あなたの言う、社会性や正義、それから知識などもそうでしょう。

無論、知らないことについては、それを知る他者が教えなければならない。

周囲にいる人間が援助していかなければならない。

教育とは「介入」ではなく、自立に向けた「援助」なのです。

①自立すること

②社会と調和して暮らせること

そしてこの行動を支える心理面の目標が、次のふたつでした。

①わたしには能力がある、という意識

②人々はわたしの仲間である、という意識

要するに、カウンセリングだけでなく、教育現場においても、この4つが大切になるとおっしゃるのですね?

さらには、漠然とした生きづらさを感じる、われわれ大人にとっても。

これらの目標に到達できず、社会生活に苦しんでいる大人は大勢いますからね。

もしも「自立」という目標を置き去りにしてしまったら、教育やカウンセリング、あるいは仕事の指導も、すぐさま強要へと変貌します。

われわれは自らの役割に自覚的であらねばなりません。

教育が強制的な「介入」に転落するのか、自立を促す「援助」に踏みとどまるのか。

それは教育する側、カウンセリングする側、指導する側の姿勢にかかっているのです。−引用

大変「大事」なことですね。

バランス」が「難しい」ところもでてきますが、すぐ「援助」できるぐらいの「距離」を保ち、「介入」にならないように心がける。

非常にすばらしい「解釈」だと思います。

ついつい「介入」しがちになるので、気をつけたいと感じました。

 

自分の人生は、自分で選ぶことができる P118

カントの言葉を紹介しましょう。

彼は自立について、こんなふうに語っています。

「人間が未成年の状態にあるのは、理性が欠けているのではない。他者の指示を仰がないと自分の理性を使う勇気を持てないからなのだ。つまり人間は自らの責任において未成年の状態にとどまっていることになる」。

真の自立に至らない状態です。

なお、彼の使う「理性」という言葉は、知性から感性までを含めた「能力」全般のことだと考えればいいでしょう。

さらに彼はこう断言します。

「自分の理性を使う勇気を持て」と。

われわれは「他者の指示」を仰いで生きていたほうが、楽なのです。

むずかしいことを考えなくてもいいし、失敗の責任を取らなくてもいい。

一定の忠誠さえ誓っていれば、面倒事はすべて誰かが引き受けてくれる。

家庭や学校の子どもたちも、企業や役所で働く社会人も、カウンセリングにやってくる相談者も。そうでしょう?

どうすればその責任を回避することができるのか?

答えは簡単です。

子どもを支配することです。

子どもたちに冒険を許さず、無難で、怪我をしないような道ばかりを歩かせる。

可能な限りコントロール下に置く。

子どもたちを心配して、そうするのではありません。

すべては自らの保身の為です。

だからこそ、教育する立場にある人間、そして組織の運営を任されたリーダーは、常に「自立」という目標を掲げておかねばならないのです。

「それは自分で決めていいんだよ」と教えること。

自分の人生は、日々の行いは、すべて自分で決定するものなのだと教えること。

そして決めるにあたって必要な材料ーたとえば知識や経験ーがあれば、それを提供していくこと。

それが教育者のあるべき姿なのです。

子どもたちの決断を尊重し、その決断を援助するのです。

そしていつでも援助する用意があることを伝え、近すぎない、援助ができる距離で見守るのです。

たとえその決断が失敗に終わったとしても、子どもたちは「自分の人生は、自分で選ぶことができる」という事実を学んでくれるでしょう。−引用

こちらも先ほどの延長線上ですが、やっぱり近すぎずに「援助」のみの「体制」が大事ですね。

あと「自分」の「人生」なので「自分」で「決断」してもらう。

かなり「重要」だと思います。

自分もこの点は「自分」で「決断」することを心がけたいですし、「他者」の「課題」であれば「援助」はするが「決断」を促したいです。

 

自立とは、「わたし」からの脱却である P240

愛とは「ふたりで成し遂げる課題」である。

愛によってふたりは、幸福なる生を成し遂げる。

それでなぜ、愛は幸福につながるのか?

ひと言でいえばそれは、愛が「わたし」からの解放だからです。

この世に生を享けた当初、われわれは「世界の中心」に君臨しています。

周囲の誰もが「わたし」を気にかけ、昼夜問わずあやし、食事を与え、排泄の世話さえしてくれます。

「わたし」が笑えば世界が笑い、「わたし」が泣けば世界が動く。

ほとんど、家庭という王国に君臨する独裁者のような状態です。

この独裁者にも似た圧倒的な「力」。

その力の源泉はどこにあるのか?

アドラーはそれを「弱さ」だと断言します。

子ども時代のわれわれは、己の「弱さ」によって、大人たちを支配しているのだと。

「弱さ」とは、対人関係において恐ろしく協力な武器になる。

これはアドラーが臨床に基づいた深い洞察の末にたどりついた、重大な発見です。

いつまでも「世界の中心」に君臨することはできない。

世界と和解し、自分は世界の一部なのだと了解しなければならない。

自立とは、「自己中心性からの脱却」なのです。

甘やかされた子ども時代のライフスタイルから、脱却しなければならないのです。

われわれは愛によって「わたし」から解放され、自立を果たし、ほんとうの意味で世界を受け入れるのです。

愛を知り、人生の主語が「わたしたち」に変わること。

これは人生の、あらたなスタートです。

たったふたりからはじまった「わたしたち」は、やがて共同体全体に、そして人類全体にまでその範囲を広げていくでしょう。−引用

なかなかむずかしいですが、「わたし」からの「脱却」をしていきたいですね。

ですが「自立」するということを心がけて、気づけば「わたしたち」という「考えかた」になっていけるのかなと思いました。

 

幸せになる勇気まとめ

今回読んだ「幸せになる勇気

ぼく的には「自立」というのが1番「印象深く」感じました。

自立」することで、「自分」の「人生」をより「自分」で「決断」するということがやはり「重要」だなと思います。

前回の「嫌われる勇気」からのおさらい部分もあり、対話方式で非常にわかりやすい内容となってます。

ぜひとも読んでほしい一冊です。

超オススメ」です。

 

 

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